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D Lab+科学×アート=オルタナティブな未来
火星における人類社会プロジェクト

01 【レファレンス】宇宙における人間主体

執筆者:山根 亮一(未来社会創成研究院副研究院長 准教授)

宇宙からみた近代的な人間主体は、まずその種としての強さを拡張主義的に打ち出すものから始まり、それからテクノロジーの発展や帝国主義的な闘争のなかで広がった時空概念を再考する段階を経由して、いまでは人間の弱さや脆さを通じた惑星規模の繋がりを意識させるものへと至っています。本ページでは、19世紀以降の地球において、いかにさまざまな宇宙的想像力が、人間主体を構築、再構築してきたかを紹介します。

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確固たる地球の人間主体

1.Shelley, P. B. 1820. Prometheus Unbound: A Lyrical Drama in Four Acts. London: C. & J. Ollier.

英国ロマン派詩人の代表格パーシー・ビッシュ・シェリーは、メアリ・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーの夫として論じられることも多い。人口学の祖トマス・ロバート・マルサスとの論争で知られる父ウィリアム・ゴドウィンと、フェミニズムの先駆である母メアリ・ウルストンクラフトとのあいだに生まれたメアリは、SFの起源、『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(1818年)の作者である。同じくギリシャ神話に登場する男神プロメテウスを扱った上記の四幕から成るパーシーの詩劇、『鎖を解かれたプロメテウス』は、専制的な神に抗う人間の徳や主体性こそが、宇宙全体の解放に繋がることを高らかに宣言している。

2.Poe, E. A. 1848. Eureka: A Prose Poem. New York, NY: Geo. P. Putnam.

19世紀アメリカの作家であり、推理小説の父とも呼ばれるエドガー・アラン・ポーは、人間が「無限」を理解しようとする試みそのものが、その理解のために必要な言葉などの有限なものに制約されると考え、この無限性の問題を宇宙論と結びつけた。つまり、「宇宙とは、その中心はあらゆるところにあり、その円周はどこにもない球である」というパスカルの理解を援用しつつ、空間を「無限に広がるもの」としてではなく、「どこからでも始まりうるもの」として再解釈したのである。そのように、宇宙の終わりではなく始まりを考えることで、人間主体が位置するその場所こそが宇宙の中心となり得るという発想が得られる。

3.Wells, H. G. 1898. The War of the Worlds. London: William Heinemann.

19世紀の初頭から人口過密都市として知られたロンドンを舞台に、火星人の襲来によりパニックに陥る群衆を一人称の視点から描く。宇宙規模に広がるウェルズの想像力の壮大さは、それとは対照的な、地理的表象の詳細さや具体性、そして細胞レベルに至る生物学的知見の細かさと連動している。この作品冒頭で作者が述べているように、読者は地球がその外部からつねに観察されている感覚を味わうが、翻って、それはこの惑星と人間が分かち難く結びついていることの証左でもある。

4.Burroughs, E. R. 1912. A Princess of Mars. All-Story Magazine.

スペース・オペラの代表作。南北戦争の退役軍人であるヴァージニア州出身の主人公ジョン・カーターが、金鉱をもとめて西部アリゾナ州に赴きネイティヴ・アメリカンの脅威に晒されるなか、いつのまにか火星に移動し、そこで冒険や恋愛を経験する。地域的分断や拡張をめぐる建国以来のアメリカ史が、ロマンス的な物語とともに未知の惑星へと接続、転写されるこの作品は、当時のアメリカにおける拡張主義的ムードの反映として読める。

5.海野十三 1939-1940『火星兵団』大阪毎日新聞, 東京日日新聞.

まだ東京が帝都や東京市と呼ばれていた時代の少年向けSF。人狩りを行う火星兵団の襲来と、モロー彗星の衝突という二つの人類的危機に晒された極限状況を設定とする。登場人物たちの周辺には、火星人と地球人の会話を可能にする変話機、超高速で飛行艇を動かす原子弾エンジンなどの(現代から見たらレトロな趣のある)発明品がある。それらは、科学力の向上によって、宇宙規模における外的他者の脅威に対抗しようとする国粋主義的かつ進歩主義的な当時の日本人像を映し出す。

広がった時空の再考

6.McLuhan, M. 1962. The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man. Toronto: University of Toronto Press.

活版印刷の発明以降、表音文字(アルファベット)の文化圏における人間の感覚比率が聴覚から視覚へと比重を増し、均一な時空観、区分化された知識、個人主義的価値観が西洋社会を再構成した。この西洋的活字文明を「グーテンベルグの銀河系」という比喩で表現する筆者は、それがアインシュタインの特殊相対性理論が世に知られた1905年に解体されたと述べる。つまりこの「銀河系」は単なる比喩ではなく、当時までの西洋社会における実際の宇宙の捉え方をも指している。

7.Ginsberg, A. 1981. Plutonian Ode: And Other Poems 1977-1980. San Francisco: City Lights Publishers.

冷戦期における反核運動に寄与した詩。ドワイド・D・アイゼンハワー大統領による核の平和利用に関する演説以降、核兵器開発競争がもたらす恐怖は原子力発電がもたらす繁栄の期待により薄まった。しかしこの詩は、コロラド州のロッキー・フラッツ核施設における放射能汚染に際し、冥王星(Pluto)の名に由来する人工元素プルトニウムと、その途方もない放射能の持続期間に警鐘を鳴らしている。ギンズバーグはその危険性を、復讐や応報を司るギリシャ神話の女神の名を用い、「放射能のネメシス」と呼ぶ。

8.Spivak, G. C. 2003. Death of A Discipline. New York: Columbia University Press.

脱構築、翻訳理論、フェミニズム、ポストコロニアリズムなどの言説に大きな影響を及ぼしたスピヴァクは、この比較文学についての書において、グローバリズムの代替としての惑星思考を提示する。地球を画一化された価値基準やシステムで理解し、分割するグローバルな主体とは異なり、惑星的被造物としての人間主体は、より複雑かつ未分化の、人間からすらも独立した他者性へと開かれている。

9.Jameson, F. 2005. Archaeologies of the Future: The Desire Called Utopia and Other Science Fictions. London: Verso.

SF、ポストモダニズム、マルクス主義、実存主義の批評家によるユートピア形式主義の再考。個人的時間と集合的時間を合成するこのユートピア論は、テオドール・アドルノの芸術論を踏まえつつ、逆転させる。アドルノにとっての芸術作品は、束の間に輝いて消える花火のように、再現不可能であり非日常的、それゆえ社会批判的であるが、ジェイムソンは、花火のあとに残る夜空の星々の視点、人間主体の不安定性を照射する不気味な外部からの視線の方を、ユートピアの特殊な時間性のためにより重視している。

10.Barad, Karen. 2007. Meeting the Universe Halfway: Quantum Physics and the Entanglement of Matter and Meaning. Duke University Press.

ポストヒューマニズム、マテリアル・フェミニズムズなど、脱・人間/男性中心主義的な思想体系に多大なる影響を与えた本書のなかで、とりわけ直接的に宇宙が語られるのは第七章の終わりの部分である。宇宙論を量子力学と繋げて論じるこの科学哲学者は、宇宙を観測する者が、まさにその宇宙の一部として、測定されるものそれ自体に内在化されて点を強調する。外部なき宇宙全体を記述することは不可能であり、宇宙の記述行為はつねに内部から行われるというこの発想は、どこか前述のポーの宇宙論に繋がる部分があるかもしれない。

11.Domingo, A. 2008. “‘Demodystopias’: Prospects of Demographic Hell.” Population and Development Review, Dec., 2008 34 (4) pp. 725-745.

ポピュレーション・カウンシル発行の人口学的学術誌において示されたこの文学論は、H・G・ウェルズ以降のSF作品群をリスト化しながら、いかにそれらが災害、優生学、ジェンダー、高齢化などの人口問題に関するディストピアを形成しているかを説明する。人口ディストピアは、個人と集団の対立を調停しながら、その思弁的な機能において、これまでの地球人口をめぐる歴史や政治の在り方を再考させる。

不安や弱さで繋がる宇宙の生き物

12.Haraway, D. J. 2016. Staying with the Trouble: Making Kin in the Chthulucene. Durham: Duke University Press.

サイボーグ・フェミニズムの理論家ハラウェイは、ここで男性あるいは人間中心主義的で他者抑圧的な人新世(Anthropocene)から、クトゥルー新世(Chthulucene)への転換を求めている。ピモサラグモ(pimoa cthulu)から着想を得たこの概念は、クモの触手や糸が絡み、もつれ合うように、この地球上で人間と非人間が複雑なネットワークのなかで繋がり合いながら共に生き死んでいくこと、すなわち、問題解決や目的達成のためではなく、トラブルと共存する「生き物(critters)」の在り方を重視する。

13.Scharmen, Fred. 2021. Space Forces: A Critical History of Life in Outer Space. Verso.

本書の第四章、アーサー・C・クラークやストルガツキー兄弟などのSF作家たちに焦点をあてる箇所では、植民地主義を含む他者抑圧的な思想から脱却した宇宙的想像力が披歴される。宇宙を通じて新しい知見を得られたあと、あらためて地球の在り方を見直させるSFの作用は、マヤ文明の祭壇から見つかった水晶のドクロから、UFO、ナスカの地上絵、そしてストーンヘンジなどに至るまで、地球には多くのミステリーがあること、そしてその神秘性ゆえに、この惑星もまた宇宙の一部であることを再確認させる。

14.Dimock, Wai Chee. 2022. Weak Planet: Literature and Assisted Survival. Chicago: University of Chicago Press.

「弱さ」を力の源泉とする惑星的(反グローバリスト的)文学論。その最終章は、1955年、原爆のトラウマがまだ残る日本を訪問したアメリカ南部作家、ウィリアム・フォークナーの講演やインタヴューを扱う。時空の異なる戦争で敗北した日本人とアメリカ南部人の記憶を架橋するこの作家の言葉は、太平洋を横断するその歴史観や地理概念の曖昧さ、「弱さ」ゆえに、次世代の作家たちによる癒しや修復の文学に引き継がれる。

15.巽孝之. 2024 「序説 SFをいかに語るか――SF評論入門のために」『SF評論入門』小鳥遊書房pp10-28.

このSF評論入門書の序説は、筆者が共作的想像力と呼ぶものをSF理解の根幹に据える。インドネシアの火山噴火による異常気象の年、1816年に、前掲シェリー夫妻を含む文学的天才たちがスイスのディオダティ荘に集い、そこで怪奇談義に明け暮れた結果、のちの『フランケンシュタイン』となる着想が生まれた。そのように、強烈な個人的才能としてではなく、環境に影響され、かつ集団のなかで共有された想像力の産物としてSF伝統が始まり、「宇宙もの」を含むSFジャンルの約束事が生まれたのである。