02 【レファレンス】宇宙への期待・熱狂
執筆者:
玄田 英典(未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI)主任研究者 准教授)
楊 冠穹(未来社会創成研究院 未来の人類研究センター 准教授)
澤井勇海(リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院 社会・人間科学系 准教授)
山根 亮一(未来社会創成研究院副研究院長 准教授)
世界的な宇宙への期待や熱狂は、教育、政策、産業、研究、SF、歴史、大衆文化などのさまざまな領域において、それぞれの仕方で涵養されてきた。ここでは、その幅広さや長い歴史、そして将来の展開を想像させる書籍群を紹介する。それらが内包する宇宙熱、興奮、そして期待は、単なる幻想ではなく、現実の我々の原動力になってきたし、これからもそうなるだろう。
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月・宇宙・生命――科学が描き直す“はじまり”の物語
大内正己(総監修) 2025『宇宙 新版(学研の図鑑LIVE)』Gakken
太陽系から銀河、宇宙の歴史、宇宙開発までを通観する最新の宇宙図鑑。子供向けに作成されているが、侮ることなかれ。理系の大学生が読んでもなるほどと唸る部分や、新しい発見が多数ある。新版では「系外惑星と宇宙生命」章を前面化し、生命探査・有人探査への社会的な期待に応える設計となっている。
佐伯和人 2014『世界はなぜ月をめざすのか』講談社
アポロ計画後の長い空白を踏まえ、米・中・露を中心に進む月探査/開発競争と、その根拠(極域氷などの資源利用、前線基地化、政策・安全保障の要請)を整理している。30〜40年スパンでの月面基地構想や、日本が月面に立つための実務的ロードマップを具体化し、「なぜ今ふたたび月なのか」という社会的アジェンダを政策・産業・科学の接点として提示している。
関根康人 2025『生命の起源を問う 地球生命の始まり』講談社
原始地球の環境像と起源仮説(熱水系・隕石供給・RNAワールド・LUCA)を、月試料の再検討やエンセラダス/タイタンなどの太陽系探査と接続し、何が「決定的証拠」たり得るかを具体化して整理する。月探査が初期地球理解の鍵である点や、全球凍結・大量絶滅といった地球規模変動を条件設計に位置づけ、今後の氷衛星のプルーム直接採取やサンプルリターンに向けた研究・探査の焦点を定めている。
宇宙をめぐる文学的想像と批評
韓松(Han Song)『宇宙墓碑』1991(早川書房により2025年に邦訳)
人類が宇宙探検を進めた未来を背景とする短篇である。探検や宇航飛行の初期段階で命を失った宇宙飛行士を追悼するために建てられた「墓碑」を、未来の考古学者や宇宙人類が探し、観察し、記録しようとする。墓碑は、時代の息吹をとどめた記念物であり、同時に存在の問いを呼び起こすものとして描かれる。宇宙への熱狂の背後に潜む、人類の未来・記憶・死生観を宇宙的視点から問い直している。
王晋康(Wang Jinkang)『類人』2003(邦訳なし)
遺伝子工学の発展を背景に「準人間的存在」が創造される未来を描いた長編である。人間とは何かという存在論的問いを提示し、進化や改造の是非をめぐって生命倫理の根源を探る。科学的リアリティに基づく描写は中国SFの特徴であり、生命や進化を宇宙的視野に拡張することで、人類の未来への期待と熱狂を示すと同時に、哲学的にその有限性と倫理的限界を浮かび上がらせる。
劉慈欣(Liu Cixin)『三体』2006(早川書房により2019年に邦訳)
文化大革命という歴史的文脈と、地球外知的生命体との遭遇を結びつけ、人類の未来を描いた三部作である。宇宙の広大さと人類の小ささ、科学の希望と破壊性、そして文明と文明の衝突の不可避性を壮大なスケールで描かれる。文明の存亡や倫理の限界を問うことで、宇宙をめぐる「期待と恐怖」を交錯させる。同作によって劉は、アジアの作家として初めてヒューゴー賞長編小説部門を受賞した。
Song, Mingwei. After 1989: The New Wave of Chinese Science Fiction. China Perspectives, 2015, pp.7-13
1989年以降の中国SFを「ニュー・ウェイヴ」として位置づけた研究であり、王晋康・韓松・劉慈欣らの作品を分析する。科学技術への熱狂と警戒、ユートピアとディストピアの交錯を指摘するとともに、国家的近代化の欲望とグローバルな科学文化の接点にも注目する。中国SFが従来の「科学啓蒙文学」を超えて純文学的・批評的領域へ展開したことを示し、宇宙をめぐる想像力の国際的対話への組み込みを明らかにする先行研究である。
Ooi, Yen. Chinese Science Fiction: A Genre of Adversity. SFRA Review 50.2-3 • Spring-Summer 2020, pp.141-148
中国SFを「逆境のジャンル」として特徴づけ、その独自性を歴史的・社会的文脈から論じた研究である。清末の科学啓蒙期から現代に至るまで、戦争、検閲、政治運動といった度重なる制約受けながらも生き延び、その歩みを形作ってきた。逆境は単なる制限ではなく創造性を駆動する契機となり、科学や宇宙をめぐる想像力が人類の未来への期待と熱狂を支える重要な基盤となってきたことを明らかにしている。
※韓・劉は連載開始年、王は連載なしの単行本出版、いずれも最初に発表した年で作成している
歴史の中の期待・熱狂
嘉数次人『天文学者たちの江戸時代 増補新版』ちくま文庫、2024年
古代・中世では日本の天文学は中国のそれの影響下にあったが、江戸時代ではオランダなどからの新しい天文知識の流入を受けつつ、日本独自の天文学の発展が見られた。その歩みは、碁打ちから出発した渋川春海、侍医の身分を捨てて研究に打ち込んだ麻田剛立、商人出身の高橋至時など、情熱に突き動かされた変わり者たちが紡いだ歴史であった。幕末に向かうにつれ政治的な奔流に巻き込まれながらも彼らが果たした役割を、史料を紐解き丁寧に紹介する一書である。
小飼弾『子供の科学完全読本 1924-1945』誠文堂新光社、2024年/小飼弾『子供の科学完全読本 高度経済成長期編』誠文堂新光社、2025年
1924年に創刊され現在も続いている子ども向け科学雑誌『子供の科学』のバックナンバーを、戦前から戦中、そして戦後から高度経済成長期にかけて紹介する二冊の本である。内容は多岐にわたるが、戦前の時期では、ロケットの原理を説明しつつ、各国が月を委任統治領として分割したり、21世紀半ばの月世界旅行を想像するなどしていたのが、戦後の時期では実際の米ソの宇宙開発、そして米の月面着陸について、その科学技術的側面の詳細な説明を試みる。カラーで当時の紙面をそのまま紹介することで、当時の子どもがワクワクしながら思いを馳せた宇宙の世界を追体験することができるのも、かつて科学・学習雑誌のファンであった大人たちにとって嬉しい仕様である。
的川泰宣『ニッポン宇宙開発秘史 元祖鳥人間から民間ロケットへ』NHK出版新書、2017年
JAXAの名付け親でもある著者が、好奇心・冒険心・匠の心に突き動かされて進展した宇宙開発の歴史、戦後の日本人研究者の列伝形式で紹介する新書である。ペンシルロケットの糸川英夫、X線天文学の小田稔、ハレー彗星探査や「はやぶさ」に携わる研究者たち(著者自身を含む)と、個人的なエピソードを交えながら多彩・軽快に叙述する。将来的に宇宙を国家間の対立が持ち込まれない聖域とすること、そのために日本の精神を活かすことを解く著者の立場は、宇宙開発に携わる科学者・技術者の精神を代表するものだろう。同じ著者の『やんちゃな独創 糸川英夫伝』日本工業新聞社、2004年、もおすすめ。
フレッド・シャーメン著、ないとうふみこ訳『宇宙開発の思想史 ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』作品社、2024年
原題はSpace Forces: A Critical History of Life in Outer Space。ロシア宇宙主義の思想家たちからJ.D.バナール、ヴェルナー・フォン・ブラウン、ジェラード・オニール、そしてNASAやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクなどに至る人々が、宇宙に進出する具体的方策や宇宙に進出すべき理由についてどう考えていたか、批判的歴史学の観点から詳論する本である。ナイーブな好奇心や冒険心が暴力を内包することを指摘し、それらの背後にある思想と世界との関係性に注意を促す著者の視点は、人類の共通財産たる宇宙空間を今後も維持できるかどうかを考える上で、極めて示唆的である。
拡張の欲望と文化的熱狂
Tucker, George. A Voyage to the Moon. 1827. Zinc Read, 2023.
初出は1827年、つまりアメリカ南部が奴隷制を廃止するより約40年前のSF小説である。作者のジョージ・タッカーは、当時は奴隷州であったヴァージニア州の政治家でもあった。彼だけでなく、南北戦争前のアメリカ南部政治家たちの将来予測は、小説の形式を取ることが多かった。このタッカー小説の場合、航海中に事故に会い、東南アジアである部族の捕囚となった主人公が、ルナリウムという謎の石を使って月旅行をする。そのときの経験を語りながら、とりわけ当時の地球上の人種状況を再考するというこの小説は、奴隷制の拡張を目指した時期のアメリカ南部の政治的気運を表している。
生井英考 『空の帝国――アメリカの20世紀』 講談社、2006年。
アメリカの航空文化は、ライト兄弟の時代に始まり、チャールズ・リンドバーグやアメリア・イアハートといった単独大西洋横断飛行の成功者たちが刺激した大衆的な飛行機熱によって育てられた。自己依存と拡張の夢を運んだ同国の飛行機に対する熱狂は、大衆文化の枠組みを超え、第二次世界大戦、冷戦そして9・11を経て、帝国主義的なプロパガンダと連動するようになる。文学、映画、雑誌や新聞などの様々なメディアが表象する地球の空をめぐる欲望や想像力は、宇宙への熱狂を再考するうえで重要な示唆を提供する。
Weitekamp, Margaret A. Space Craze: America’s Enduring Fascination with Real and Imagined Spaceflight. Smithsonian Books, 2022.
飛行機熱が高まった1920年代、30年代のアメリカ大衆文化にはすでに、宇宙熱も巻き起こっていた。バック・ロジャースやフラッシュ・ゴードンという宇宙冒険もののヒーローが、パルプ・マガジン、コミック・ストリップ、玩具、カーニヴァル、映画、TVドラマなど多岐にわたるプラットフォームで愛されるようになったのだ。当時の悪役にはアジア系のイメージが投影されていたという点が、飛行機熱の帝国主義的背景と重なる。ただし、そうした政治的読解だけで済ませるのは勿体ないのが、本書の特徴である。スミソニアン博物館で宇宙飛行の社会的・文化的歴史コレクションの監修を手掛ける筆者は、この長い宇宙熱に関する歴史を、『スター・ウォーズ』シリーズはもちろん、より近年の配信ドラマ『エクスパンス――巨獣めざめる』に至るまで、アメリカにおける宇宙ファンの熱狂の軌跡をしっかりと辿れるように扱っている。