04 【レファレンス】宇宙における「所有」
執筆者:川名 晋史(未来社会創成研究院 特定教授/大東文化大学 法学部政治学科 教授)
宇宙空間における「所有」の問題は、国家や民間企業の宇宙活動が増えている今日、法的枠組み、倫理的責任、コモンズ(共有資源)という視点から考察が進められています。法学は所有権に関する国際法上のルールを整理し、倫理学は人類や環境に対する道徳的課題を明らかにし、コモンズの視点は公平で持続可能な資源利用の方法を示しています。
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1.法学
宇宙空間における「所有」の問題は、国家間競争や民間企業の宇宙活動拡大と密接に関連しています。宇宙条約は国家が月や惑星を領有することを禁じていますが、資源開発や基地建設など宇宙で活動を行う際には、所有権の取り扱いが明確でないことが障壁となる場合があります。ここでは、宇宙における所有権に関する議論を法学的に整理・検討した文献を紹介します。
Lawrence A. Cooper, “Encouraging space exploration through a new application of space
Property rights,” Space Policy, Vol. 19, No. 2, 2003, pp. 111-118.
現行の宇宙条約は国家による月や惑星などの天体の専有を禁止しており、これが国・民間企業による宇宙探査や資源開発への投資を妨げている。著者は、所有権を明確化することで国・民間企業の活動を促進するとともに、先進国と発展途上国を含む全ての国に公平な利益を分配する新たな国際協定の必要性を論じ、今後の宇宙開発における制度設計の方向性を提示した。
坂口滉季「宇宙空間に存在する諸物体の所有権及び領有権」『法学新報』第131巻第1・2号、2024年、203-225頁。
月や火星での基地建設、資源開発・採掘といった新たな宇宙活動は、所有権や領有権に関する既存の国際宇宙法の不明確さによって制約されかねない状況にある。例えば、宇宙条約では、月その他の天体の領有が禁止される一方、その一部が分離したもの、具体的には、採掘された資源の所有権については明確な規定を設けていない。条約改正や新規の条約締結が困難であることを前提としつつ、事例や判例を積み重ねることで、法の解釈を明確化していく必要性が示されている。
Jeremy A. Kent, “Space Resource Development and Property - Clarifying Usufruct,” Journal of Air Law and Commerce, Vol. 90, No. 1, 2025, pp. 41-72.
宇宙条約は宇宙法の基礎だが、資源の所有権について明確に定めていない。本論文は、宇宙資源における所有権の法的枠組みを、資源を最初に取得した者が所有権を得るという先取権(rule of capture)、及び他者が所有する財産を利用し、そこから得られる利益を享受する権利である用益権(usufruct)の二つの視点で比較検討している。先取権は、勝者先取り型の所有を認めるが、紛争や国家間格差のリスクを伴う。一方、用益権は資源の使用・享受を認めつつ、恒久的な所有については否定し、国際協力や将来世代への資源保全を可能にする。宇宙資源に対する用益権の適用は宇宙における活動拡大に向けた枠組みとして有用であると論じている。
Jared E. Willis, “Sovereignty in Space: Finding a Source of Private Property Rights in the Final Frontier,” The Elon Law Journal, Vol. 14, 2022, pp. 361-385.
宇宙条約は国家による専有を禁じているが、この「国家による」という文言が民間企業にも適用されるのかという議論に対し、筆者は民間企業等による私的専有も禁じられると主張する。コモン・ローとシビル・ローのどちらの法体系においても、民間企業による宇宙活動は国の支援や監督なしには成り立たない。したがって、それは国の主権の行使と同義であり、民間企業による私的占有も条約違反になると論じている。
Abigail D. Pershing, “Interpreting the Outer Space Treaty's Non-Appropriation Principle: Customary International Law from 1967 to Today,” Yale Journal of International Law, Vol. 44, No. 1, 2019, pp. 149-178.
本論文は、宇宙条約のいう「領有禁止の原則」の解釈が、いかに慣習の中で変化してきたかを論じている。条約締結当初、同原則は広範に解釈され、宇宙資源の領有も禁止されていると考えられていた。しかし、アポロ計画での月の石の持ち帰り等の事例を経て、採掘された宇宙資源の所有は許可されるようになった。著者によれば、近年、天体そのものの所有権を認める方向への変化が生じつつある。公平な資源アクセスを維持するため、国連海洋法条約をモデルにした新たな国際制度の整備の必要性が高いとされる。
2.倫理学
宇宙開発の進展に伴い、天体や資源の「所有」に関する倫理的課題の重要性が増しています。月や小惑星などは「人類共通の遺産」と位置付けられ、国家による領有は禁止されていますが、民間企業による資源採掘や商業活動が進むにつれ、所有権の扱いや公平な利益配分、環境問題といった新たな問題の出現が想定されています。以下では、こうした宇宙資源の利用に伴う倫理的ジレンマや価値観の対立、世代間の公平性、環境保全の視点などに着目した文献を紹介します。
Alain Pompidou, eds, The Ethics of Space Policy, UNESCO, 2000,
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000120681/PDF/120681eng.pdf.multi.
UNESCOの宇宙倫理ワーキング・グループによる報告書であり、宇宙開発に伴う倫理的課題を整理している。地球外資源の利用や情報独占といった「所有」に関わる問題に注目し、資源や情報の公平な分配、宇宙デブリ管理、技術利用の倫理的枠組みが提示されている。国家か民間かを問わず、宇宙空間の活動における所有や管理の問題がはらむ倫理的課題について網羅的に論点が整理されている。
Jacques Arnould, Icarus’ Second Chance: The Basis and Perspectives of Space Ethics, Springer, 2011.
宇宙倫理学の基礎や歴史を整理しつつ、宇宙飛行士の役割、商業化や宇宙ツーリズムの倫理問題、宇宙技術の軍事利用、スペース・デブリや資源所有など現代的課題を幅広く扱う入門書。各論点の歴史的経緯に関する記述が豊富で、宇宙倫理学を理解するうえで参考になる。
Tony Milligan, Nobody Owns the Moon: The Ethics of Space Exploitation, McFarland & Company, 2015.
宇宙倫理学の研究書であり、宇宙開発に伴う倫理的課題を包括的に論じている。地球外所有権の問題に焦点を当て、月・惑星・小惑星の私的所有の是非、資源利用の世代間公平性、そして天体の文化的・内在的価値に基づく保護の必要性を検討している。宇宙における「所有」と倫理の交差を考察するうえで示唆に富む。
近藤圭介「宇宙資源の採掘に関する道徳的懸念—制度設計に向けて理論構築できるか」伊勢田哲治、神崎宣次、呉羽真編『宇宙倫理学』昭和堂、2019年、199-214頁。
月資源採掘に内在する倫理的課題と、その解決に向けた規制のあり方について論じている。国際法が未整備であるまま、一部の国が国内法を根拠に採掘を容認している現状を整理したうえで、倫理的課題として、(1)天体環境の破壊、(2)月環境利用の利害対立、(3)月資源の枯渇、(4)宇宙資源の独占を挙げ、その解決に向けた制度設計を検討している。
3.コモンズ
宇宙空間をコモンズ(共有地)として捉える視点は、曖昧な所有権や独占的利用のリスクを調整し、資源の公平かつ持続可能な利用を進めるうえで重要です。現行の宇宙条約や関連協定では、人類全体の利益のために宇宙を利用することが掲げられていますが、具体的なルールや制度は十分ではありません。以下では、宇宙空間や資源をコモンズと捉え、宇宙デブリや資源利用の独占リスクといった現実的課題に取り組む研究、および宇宙空間を全人類共有の資源として捉え、その制度的・法的枠組みを検討する研究を紹介します。
Peng Wang, “Tragedy of Commons in Outer Space: The Case of Space Debris,” 64th International Astronautical Congress 2013, 56th IISL Colloquium on the Law of Outer Space (E7), 2013, pp. 2-19,
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2260856.
宇宙空間をコモンズと捉え、宇宙デブリの問題を「コモンズの悲劇」と位置づけている。宇宙デブリの削減が急務となる一方で、この問題に関わる包括的な法的枠組みは未整備である。筆者は、宇宙空間の「限定的な所有権」を認め、「民営化」を進めることが問題解決に向けた現実的な方策だと主張する。宇宙デブリ問題を所有権と経済学の観点から捉え直し、国際宇宙法の新たな議論の方向性を示している。
齋藤宙治「宇宙資源をめぐる法とコモンズ」有斐閣Online、2024年
https://yuhikaku.com/articles/-/18985
宇宙資源開発を巡る法的課題を、コモンズの枠組みを用いて考察している。宇宙条約が天体の領有を禁じている現状において、いかにして資源の公平で持続可能な利用を実現できるか、そしてコモンズの悲劇を防ぐことができるか、が論じられている。宇宙資源を巡る法のあり方や、新たなルール形成の方向性が示唆される。
Pauline Pic, Philippe Evoy, and Jean-Frédéric Morin, “Outer Space as a Global Commons: An Empirical Study of Space Arrangements,” International Journal of the Commons, Vol. 17, No. 1, 2023, pp. 288-301.
「コモンズ」という概念は、実際の宇宙関連協定ではほとんど使用されていない。また、「人類の共通の利益」のような規範もわずかな協定でしか言及されていない。とりわけ、米国や中国のような高度な宇宙開発能力をもつ国々が参画する協定において、これらの概念や規範はほとんど確認されない。一方で、「宇宙の平和利用」という原則は、コモンズの概念とは関係なく、多くの協定で広く合意されている。現状では、宇宙空間の将来に関する議論の多くが「コモンズ」という枠組みに包含されていない。
Mai’a K. Davis Cross, “Outer space and the idea of the global commons,” International Relation, Vol. 35. No. 3, 2021, pp. 384-402.
宇宙空間をグローバルコモンズと捉え、宇宙時代(Space Age)の起源を1950年代の米ソ宇宙開発競争ではなく、1920年代の「宇宙飛行運動(Spaceflight Movement)」に見出す。同運動は、科学技術が未発達な時代にもかかわらず、非国家主体が国境を越えて協力し、宇宙を「全人類のための」平和な領域と定めた極めて協調的な社会運動である。著者によれば、宇宙開発の起源は、国家間の競争ではなく、他者への配慮や共感、協力を求めるという人間の本質的な傾向、すなわち「超社会性(ultrasociality)」に根ざしている。