05 【リファレンス】宇宙とアイデンティティ
執筆者:愼 允翼(未来社会創成研究院 DLab+ 研究員)
「一つの舞踏する星を生み出すことができるためには、自分の内になお混沌をもっていなければならない」(フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラ』)という。わたしたちは宇宙に産出されたものでありながら、同時に宇宙へ星を産出することができる。だが、わたしたちは混沌をいかにして抱えられるのか。そして、混沌を抱えて星を産出するときに、わたしたちはどのように自らを理解、認識、表現できるのか。本セクションでは、こうした途方もない問いかけに対し、「宇宙とアイデンティティ」という観点で考えるための資料から、日本語で読める文献を紹介する。
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Ⅰ.概論
「アイデンティティ」という主題について、抽象的な哲学へ入り込む前にはどのような導きの糸がそもそも存在するのだろうか。わたしたちは各々が人生を通じて何かを引き受け、体験をとりわけ言語の書字に託して表現する。そのときに、否応なく「わたし」という言葉を使ってしまう。この素朴な態度を顧みる際、歴史上に多様な仕方で現れた人生の語り方を参照するのもよいだろう。そして、自己像を他者の物語から換骨奪胎するように、世界像もまた観察の蓄積から更新されてきたのである。
佐伯彰一編『自伝の名著101』、新書館、2000年
古典から近現代まで、世界各地の作家・思想家・芸術家の自伝を取り上げ、作品の背景や読みどころをコンパクトに紹介している。単なる人物伝の集成にとどまらず、「自分をどう語るか」という表現の形式や、自己と社会の関係の映し方にも光を当てているのが特徴である。自伝というジャンルが、個人の体験を超えて歴史的・文化的なアイデンティティの形成といかに交差してきたかを知るための入門的な一冊。
細見和之『アイデンティティ/他者性』、岩波書店、2018年、電子版
「アイデンティティ」と「他者性」をめぐる異色の入門書。本書は、哲学上の概念的な整理や再定義ではなく、境界領域における表現から、これらの主題について検討を試みる。そこで、現代思想においてはあくまでも周縁的な、レーヴィやツェラン、金時鐘といったマイノリティのテクストをメインに位置づけることになる。その際、重要なのは身体・記憶・言語における受動性とその中で生活を表現することの切実さである。ここに「アイデンティティ」の可塑性を読むことができるだろう。
ヘリェ・クラーウ『人は宇宙をどのように考えてきたか――神話から加速膨張宇宙にいたる宇宙論の物語』竹内努/市來淨與/松原隆彦訳、共立出版、2015年
古代の神話における宇宙論に始まり、アリストテレスやコペルニクス、ニュートンの宇宙論を経て、相対論的宇宙モデルや高温ビッグバン理論に至るまで、人類が宇宙をどう理解してきたかを物語のように描き出す。科学史的な観点を中心に据えながらも、宗教的世界観や哲学的思索、政治的力学とのせめぎ合いをも丁寧にたどる点が特徴である。そのうえで、インフレーション理論をはじめとする最新の理論研究について、人間原理の重要性が説かれる。すなわち、宇宙は人間という観測者の存在によって条件づけられている、という考え方である。「宇宙が今の姿である理由は、我々が存在するから」(353頁)だとすれば、宇宙論は物理学者や天文学者の専売特許ではなく、哲学者や神(話)学者にもいま再び門戸を開くだろう。ひいてはすべての人々のアイデンティティに関係する議論にもなっていくのだ。
Ⅱ.人文科学
「宇宙」は、人類にとってどこまでも懐かしく、同時に新しい領域である。人類はいまや、シミュレーションや論理あるいは虚構の上ではなく、生身の身体でこの未知なる時空へ進出する技術を獲得している。この変容は、人間存在のみならず、言語や法、あるいは資源といった人文科学の諸問題に対しても、前提や枠組みからの変革を迫る。だがそうした変動を受けてなお、人文科学の積み重ねてきた知見は、社会を構成する基本的な要素についての参照を重視し、変わらない何かを捉えようとする。いずれにせよ、わたしたちは人文科学の観点から「宇宙とアイデンティティ」を問うとき、足元に始まりを見て未来へと思考を動かしていくのである。
ハンナ・アーレント『過去と未来の間 政治思想への8試論』引田隆也・齋藤純一訳、みすず書房、1994年
本書は八つの論考を収める。そのうち「宇宙の征服と人間の背丈」では、宇宙開発が人間の「背丈」(stature)を高めたのか縮めたのかという問題が提示される。そして、最先端の科学は人間中心主義を掘り崩し、人間の常識や言語の体系を疎外するに至るとして、アーレントは未来に警鐘を鳴らす。彼女は、技術の飛躍には人文学の熟議を必須とする保守的な立場を採る。しかしその裏を取るならば、宇宙という究極の非地上的環境は「人間の条件」それ自体を問い直す場だと語ることも可能であろう。
ポール・リクール『他者のような自己自身』久米博訳、法政大学出版局、2010年
自己の本質的な構成要素として「他者性」があることを体系的に論じた大著。リクールはまず、固定的で変化のない属性としての「同一性」と、約束の履行を果たし成長の土台ともなる自己の一貫性としての「自己性」とを区別する。次に、人間は自らの生を語ることで両者を動的に関係させることができるという。リクールはこれを「物語的同一性」と呼ぶ。自己は固定した実体ではなく、物語的時間の中で他者との関わりを経ながら形成されていく。かくして、アイデンティティの問題は個人で閉じることなく、倫理学や解釈学といった包括的な文学・人間学に展開される。
エリク・H・エリクソン『アイデンティティ 青年と危機』中島由恵訳、新曜社、2017年
精神分析と発達心理学を架橋した記念碑的著作。エリクソンはライフサイクル全体を八段階に区分し、特に青年期を「アイデンティティの確立」が中心的課題となる時期として描いた。本書では、臨床事例や歴史的人物の分析を通して、自己像の形成が社会的・文化的文脈と結びついた動的な過程であることが示される。アイデンティティは単なる固定的属性ではなく、過去の体験と未来への志向が交錯する危機の中で形づくられるのである。
ダナ・ハラウェイ『猿と女とサイボーグ 自然の再発明』高橋さきの訳、青土社、2017年
科学技術論とフェミニズム理論を交差させながら、「自然」という言葉の再構築について論じた、学際的領域の古典。自然と文化の二元論を超えて、動物と人間との関係、機械と人間との関係を新たに創発する現場を捉えるべく、「自然」は考察される。また有名な「サイボーグ宣言」の箇所では、人間・動物・機械の境界が解体される現代において、固定的なアイデンティティに代わる関係的で流動的な主体像を提起した。科学的な客観性を多元的なネットワークの中で相対化する本書は、学知が部分的な視野に囚われているなかで、すり合わせを可能にする方法を検討する。宇宙探査やバイオテクノロジーが進む現代において、その努力はますます困難になっているのか、あるいは従来、見過ごされてきた視点や声を拾う新しい機会を得るのか。
H・ガーフィンケル/G・サーサスほか『日常性の解剖学 知と会話』北澤裕/西阪仰訳、筑摩書房、2025年
「社会的」と形容される事柄あるいは現象の成り立ちについて、古典的な社会学の手法を内破し、「会話分析」や「エスノメソドロジー」という独自の方法論から迫った論文集。彼らに通底しているのは、ふだんわたしたちが何ら疑問を抱かずに遂行する営為への関心である。ここで、疑問を抱かないという日常的態度は決して否定的に捉えられるべきものではない。それは、何らかの文化や規範、拘束をわたしたちが内面化することで、社会は構成され、また維持されるという見方に立たないからだ。わたしたちが絶えず共創する期待の地平を、時に研究倫理に反するとも思われかねない仕方で可視化すること。この大胆な手法は、連続的な日常の生成を捉え、別様な世界への理念を挟まない。その冷徹なまでの連続的観察は、わたしたちが宇宙へとアイデンティティの表現を求めていくとすれば、地上における訓練の一助となるだろう。
ミッシェル・セール『人類再生 ヒト進化の未来像』米山親能訳、法政大学出版局、2006年
現代の人類は進化論的・物語論的に新しい「起動」のフェーズにある、とセールは論じる。彼の造語「人類再生(hominescence)」は、大量破壊兵器、バイオテクノロジー、そして情報技術の発達という三つの契機を含む。その特異性は、人類の「起動」について三つの論点を提示する。第一に、偶然的な自然ではなく、人間自らが産出した知に依って、わたしたちの身体が進化する。第二に、所与性や有限性という哲学的な人間観が刷新され、わたしたちの世界観も不可逆的に変わる。第三に、人間の声が届く範囲ないし距離が拡張し、公共空間は際限なくグローバル化する。これら三つの議論から構成される「人類再生の環」は、必ずしも進歩を礼賛しない。ただし、これまで存在していたあらゆる次元の限界や境界が崩壊しているという語りは、その限界や境界に抑圧されたマイノリティにとって、希望の生成過程を提示するものでもある。本書は技術的飛躍が人類の自己理解を根底から組み替えることを示唆し、アイデンティティの未来を考えるために刺激的な視座を提供する。
Ⅲ.自然科学
「宇宙」を観察するという行為は、人類の個人的な省察や社会的な生活に関わる側面とは別に、外界に対する好奇心として発展し、理論と技術の双方向的な進歩を促してきた。実際に宇宙へと進出し、そのなかでアイデンティティを更新していくとき、わたしたちはあくまでも現状の観測に即しながら、そこから外れる事態も受容していくだろう。重要なのは、既存の知識と新規の現象とを突き合わせる過程である。わたしたちは自然科学の観点から「宇宙とアイデンティティ」を問うことで、自分たちが依って立つ観測的な知識という足場を新鮮な気持ちで確認できるだろう。
スティーブン・ホーキング/レナード・ムロディナウ『ホーキング、宇宙と人間を語る』佐藤勝彦訳、エクスナレッジ、2011年
宇宙論と哲学の接点をめぐる一般向け著作。最新の物理学の成果を踏まえ、宇宙の起源は神に依存しなくても説明できるとし、マルチバース仮説やM理論を紹介する。著者らは「モデル依存的実在論」という立場を掲げ、理論モデルが現実それ自体を構成すると主張する。これにより、宇宙が唯一かつ固定的な像をもつという発想は揺らぎ、観測者と理論の関係そのものが問い直される。科学と宗教の緊張関係を背景に、人間の存在がどのように宇宙像の中で位置づけられるのかを考える契機となる。単なる科学解説にとどまらず、宇宙をどう語るかという認識論的・哲学的問題を一般読者に開いた挑戦的な一冊。
デイヴィッド・R・モンゴメリー『岩は噓をつかない 地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』黒沢令子訳、白揚社、2015年
ノアの洪水をはじめとする世界各地の大洪水伝説を手がかりに、近代地質学がいかに宗教的世界観とせめぎ合いながら発展してきたかを描く。17〜18世紀には聖書に基づく洪水説と、地層の観察から得られる証拠との間に緊張が走った。19世紀にはライエルの斉一説が支配的となり、地形や地層は長期にわたる漸進的な自然作用によって形成される、という考え方が広く受け入れられた。一方で、氷河期の巨大洪水など、地域ごとの事変的な証拠が伝承と響き合う事例も紹介される。宗教的時間と地学的時間の比較を通じ、世界像や自己像の信念がいかに変遷しうるか考えさせられる。
成田憲保『地球は特別な惑星か? 地球外生命に迫る系外惑星の科学』、講談社、2020年、電子版
最新の系外惑星研究を紹介する一般向けの解説書。地球とよく似た環境を持つ惑星は本当に存在するのか、生命が生まれる条件は何か、といった問いを天文学の最前線からわかりやすく伝える。観測技術の進歩により発見される多様な惑星像を整理しながら、地球は特別な星かどうかを批判的に検討していく。生命探査の企ては、環境やアイデンティティをめぐる人間の自己像を更新する契機にもなる。本書は平易な語り口で、宇宙におけるわたしたちの位置を科学的に考える際の現状を提示する。
高水裕一『宇宙人と出会う前に読む本 全宇宙で共通の教養を身につけよう』、講談社、2021年、電子版
もし宇宙人と遭遇したら、いかなる共通の知識をもとに会話できるのか、というユーモラスな発想から出発。物理学や数学、生物学の基本を応用する。わたしたちが日常生活で前提としている科学が実は強く地球環境に依存していると示し、宇宙的スケールでの相対化を促す。読者は「未知との遭遇」ともいうべき空想的状況を媒介にして、科学の普遍性と特殊性の両方を考えさせられる。本書は平易な入門書として幅広い知識を整理しつつ、アイデンティティや人間観の刷新に直結する視座を提供する。
――『ウルトラマンと学ぶ 宇宙と生命体』、講談社、2022年、電子版
人気特撮ヒーロー「ウルトラマン」の登場人物たちと著者自身を案内役に、宇宙や生命の基礎を解説する入門書。惑星や銀河の構造、地球外生命の可能性にかぎらず、素粒子や重力理論など極めて抽象的な議論についても、キャラクターとのやりとりやイラストを交えながら紹介する。同じ著者による『宇宙人と出会う前に読む本』が普遍的な知識を重視した入門書だとすれば、本書は遊びと想像力を通じて科学へアクセスする実験的な一冊といえる。年齢を問わず、虚構のエンターテインメントと現実の科学を交差させ、アイデンティティや宇宙観の更新を促す好著。
Ⅳ.小説および漫画
「宇宙とアイデンティティ」という主題について、人文科学の観点あるいは自然科学の観点から論じることだけがアプローチではあるまい。わたしたちは、観察や論証の積み上げだけではなく、想像力の飛躍を通して、具体的なイメージに頼ることがときに必要だ。学問的な議論を展開する際の推進力は結局のところ、各人が心の奥底に秘めたアイデンティティの宝物を求める意志ではないか。その輝きは、物語に対する憧れに始まっている場合も多いに違いない。
スタニスワフ・レム『ソラリス』沼野充義訳、早川書房、2015年、電子版
宇宙人と人間の邂逅、つまり未知との遭遇はしばしば希望的な共存か、破局的な戦争かの択一で考えられてしまう。それは、人間の本性や起源におけるあり方を問うた古典的な哲学からの伝統でもあろう。これに対して、ソラリスの海は人格的な関係を拒み、真に冒険と謎の対象として現れてくる。人間の理性は決して普遍へと到達せず、むしろ圧倒的な他者と出会い続けるだけかもしれない。しかし宇宙への進出は、己の限界に突き当たり、解消されない違和感を抱えてなお、新しいものに向き合う可能性の宝庫なのだ。こうした時代や伝統に対する異端性において、スペキュラティブ(思弁的)・フィクションとしてのSFの金字塔である。
グレッグ・イーガン『祈りの海』山岸真訳、早川書房、2014年、電子版
アイデンティティを共通テーマに11の短・中編SFを集めたアンソロジー。イーガンの描くアイデンティティの問題は、個別の心情や内面に閉鎖されない。最新の科学によって見出だされる世界像は、抽象的で現実と断絶しているとしばしば思いこまれている。イーガンはSFという手法を導入することで、この難点を乗り越え、わたしたちの日常的な世界像と接続させようとする。そこに、アイデンティティ問題の普遍化が見られるのである。所収作品のうち「ぼくになることを」(原題:Learning to be Me)では、生身の身体の有限で脆弱な神経回路から「宝石と教師」からなる機械回路へ「スイッチ」することで、宇宙規模の災害にも備えられるようになった人間の姿が描かれる。しかし主人公は、自己の連続性をめぐって常に不安である。五感や意識さえ疑わしい。そして「哲学」の学びでは、この不安は一向に解消されない。わたしたちは進みながらでしか、自己であることを学べないのかもしれない。
篠原健太『彼方のアストラ』、集英社、2016-2018年
近未来の宇宙を舞台にしたSFサスペンス。修学旅行に出かけた少年少女9人が、突如として発生したワームホールによって宇宙空間に投げ出され、漂流中の宇宙船「アストラ号」で故郷への帰還を目指す。未知の惑星を次々に経由して困難を生き抜く旅は、仲間内の不信や陰謀の影をまといつつも、いつしか固いきずなで結ばれた共同体の形成を促す。物語が進むにつれ、クルーたちの人生それ自体が大人の恣意に支配されていたことが判明すると、子どもたちはアイデンティティと歴史の問題に対峙する。本作は、冒険のスリルとミステリーの枠を超えて、人間がどのように自己を見出し、他者と関わり直すかを描いた寓話としても読むことができる。