【EEI】食の進化ワークショップ「培養肉と文化(Cultured Meat Culture)」を開催しました
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細胞を増やして作る細胞性食品(いわゆる培養肉)の技術開発やレギュレーションの方向性は地域によって驚くほど多様なあり方を見せています。食の進化イニシアチブでは、ワークショップ「培養肉と文化(Cultured Meat Culture)」を開催し、培養肉の登場を社会科学の観点から調査している研究者3名をイギリス、オーストラリア、カナダから招き、培養肉のあり方を形作る文化的背景を議論しました(共催:日本培養食料学会)。食(肉食)の文化や、自然・技術に対する考え方、国家の戦略が重なり合うことで培養肉に意味が与えられ、さらにその意味が制度に結実していくダイナミズムについて理解を深めることができました。本ワークショップは、2026年2月23日東京科学大学蔵前会館ロイアルブルーホールにおいてハイブリッド形式で実施され、参加者からも多くの質問が寄せられました。


最初に、Neil Stephens博士(University of Birmingham)より『The emerging story of cultured meat』というタイトルで講演が行われました。Stephens博士は、2000年代前半に実験室で培養肉が研究され始めた頃から観察やインタビューを行ってきた当該分野の第一人者です。当時、細胞を増やして食用の肉を作る研究はただの変わった取り組みと見なされていました。培養肉は、肉というカテゴリーにもおさまらず、再生医療というカテゴリーにもおさまりません。こうした特性を指して、Stephens博士は培養肉がas yet undefined ontological object(いまだ定義されない存在的対象)だったと説明します。しかしこの状況は2013年を境に変わります。Mark Post博士の培養肉試食会をきっかけに培養肉には「牛肉の代替である」という強い意味が与えられ、それにともない議論される課題も――例えば資金調達の困難から人材不足へと――変化します。そして2026年の現在は「牛肉の代替である」という意味付け自体を塗り替える代替的な想像(alternative imaginary)が登場し始めていることをStephens博士は指摘しました。

続いてDiana Bogueva博士(Curtin University)より『Australia: From kangaroo cells to culinary futures - cultured meat and the nation’s imaginative food frontier』というタイトルで講演が行われました。オーストラリアは伝統的な畜産文化を持っています。また肉を食べる消費面でのアイデンティティも強く、これらは細胞農業技術の肉への応用(培養肉)とは一見相容れません。ただしオーストラリアは気候変動の影響を大きく受けることから先端技術による新しい食料生産法への期待も存在していました。シドニーに拠点をもつスタートアップのVowは、オーストラリアに浸透しているアイデンティティを維持しつつ培養食料を製品化する戦略として、牛肉ではなく希少種の動物細胞を活用する製品を世に出しました。Culinary imagination(調理的な想像)として、生物多様性の重視とともにオーストラリア料理のブランディングが行われている点を指摘されました。
Stefania Pizzirani博士(University of the Fraser Valley)からは『The story of Cellular Agriculture in Canada』というタイトルで講演が行われました。カナダはcellular agriculture(細胞農業)が提唱された国であり、最初に細胞農業のテキストが発行された点でも特徴的です(注:細胞農業は、培養肉に加えて精密発酵という技術も含む広範囲の概念)。農業国としてのアイデンティティを強く持ち生物多様性を重視するカナダでは、生物種の保全という目標と先端的な細胞培養技術が接合していく動きが見られました。またPizzirani博士の発表では、インタビュー調査による畜産農家や先住民の反応も紹介されました。畜産農家には別の差し迫った課題(高齢化等)があり培養肉はあまり注意されていないことや、先住民は自然との良い関係を重視し、培養肉はその良い関係が欠乏していると見なされていることが紹介されました。


最後に、日比野愛子教授(食の進化イニシアチブ代表)より『Japan:The Imaginative Meat Creation』というタイトルで講演を行われました。日本の培養肉の研究開発は産学・ならびに民間セクターからボトムアップで活性化してきました。また、その内容は非常に「想像性豊か」であることも特徴的です。宇宙での食料生産システムや、家庭でのDIY培養肉・オープンソース化の提唱など、日本における培養肉の実践には環境貢献の意義を説く語りは薄く、未来に向けた想像性が強調されています。政策的ニーズとマッチしにくいこうした強調が、「ものづくり」という文脈に接合している点を指摘しました。一方、世論においても環境規範が弱いと言われている日本ですが、他の生命を尊重する世界観が培養肉の肯定評価につながっている調査結果を紹介し、環境や自然といった概念の丁寧な読み解きが必要であることを指摘しました。
質疑応答の時間には学内外の参加者から質問が寄せられ議論がさらに深まりました。WSの時間内に取り上げることができなかった質問と回答の概要を紹介します。
質問:Omeatの事例が興味深く、もう少し教えてほしい。
Stephens博士からの回答:Omeatは、ウシ胎児血清(FBS)ではなく牛血漿による技術を使っている。培養肉は動物を使うという批判もある中、問題を再構成している。
質問:培養肉は他の食品技術と比較して反対されていないように思われるがその理由はなにか。
Stephens博士からの回答:反対の有無は、地域や領域による。例えばイタリアやハンガリーなどは政策の上で禁止の方向に向かっている。また、培養肉が畜産肉を代替するわけではないことは共有されているものの、畜産農家コミュニティの中での論争にはなりうるだろう。
質問:Vowの成功はVowの個別的な要因によるものか、それとも用意されたエコシステムによるものと考えたらよいのか。
Bogueva博士からの回答:両方だと考える。確かにVowはかなり個性的な企業である。一方、政府や他の企業からのサポートを受けながら想像的な物語をうまく作ることができた。人材についてプラントベース製品の企業や大学から協力があったのは確かだが、これがエコシステムを形成しているとまで言えるかは判断しにくい。
質問:イギリスで培養肉が推進されることで、オーストラリアにもハロー効果がもたらされる可能性はあるか(イギリスという国のブランド自体による好影響があるか)。
Bogueva博士からの回答:そのような影響関係はない。
ワークショップの開始時には藤原武男未来社会創成研究院長から挨拶が、クロージングでは清水達也培養食料学会長(東京女子医科大学)から閉会のスピーチがありました。

※今回のワークショップを、海外のフードテックニュースを扱う専門メディアの『Foovo(フーボ)』さんに取り上げていただきました。こちらもご参照いただければ幸いです。
細胞性食品は各国で何を意味するのか|研究者らが語る社会・文化の違い【国際シンポジウムレポート】
(2026年3月13日、有料記事)*Foovo Deepのサイトに飛びます