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【DLab⁺】DLab⁺編集室vol.5 オリジナル火星小説読み合わせ会——生物学とアートの視点から火星での暮らしを考える(4月25日開催) レポート

2026.10.07
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火星に人が住む——そんな未来が、少しずつ現実味を帯びはじめています。NASAが主導する国際的な月探査計画「アルテミス計画」が進み、人類を再び月へ送り、月面に持続的な活動拠点を築いたうえで、その先の火星への有人探査へとつなげることが目指されています。このイベントの直前、2026年4月には最初の有人ミッション「アルテミスII」が4名の宇宙飛行士を乗せて月を周回し、地球に帰還したばかりでした。人類が月の近くまで到達したのは、1972年のアポロ17号以来のことになります。火星への有人到達や定住はまだ先の、実現時期も定かでない目標ですが、そこに向けた研究は各国の大学でも動きはじめています。東京科学大学 未来社会創成研究院DLab⁺ディレクターの伊藤亜紗先生は、イベントの冒頭でこの計画の意味を説明しました。火星に行って「住む」となれば、そこには社会をつくらなければなりません。それはテクノロジーだけではできず、人文社会的な知見がいるのではないか。火星に「住む」ことを本気で考えるなら、地球で積み重ねてきた経験をどう活かせるかも問われます。火星でどんな社会をつくれるのか——研究者だけでなく、さまざまな立場の人がそれぞれの視点から一緒に考えておくことは、DLab⁺が未来社会を描く営みそのものとつながっています。

去る4月24日に開いた「DLab⁺編集室vol.5 オリジナル火星小説読み合わせ会——生物学とアートの視点から火星での暮らしを考える」は、その問いを小説という形にして、参加者と一緒に考えてみる会でした。題材は、DLab⁺がこれまで4回のトークイベントで得た知見をもとに、AIの力を借りて書いた全6章のオリジナル小説『0.38G』です。事前に小説を受け取った参加者は、当日はまず、ゲストが専門の視点から述べる感想を聞き、続いて俳優による章の朗読に耳を傾けます。そのうえで、参加者どうしで物語を読み解き、感想や疑問を出し合います。ふだんは一人で文字を追う営みである読書を、この日は人の話や声を介して読み進めていきました。

前半は、システム生物学と理論生物物理学を専門とする畠山哲央先生が、まず小説への感想を話しました。火星移住SFの多くは、火星を地球化する「テラフォーミング」を描きますが、それには温室効果ガスを送り込み生態系を整えるだけで千年単位の時間がかかります。この小説が少し変わっているのは、そこを人間の進化や共生のポテンシャルで跳び越えようとする点だ、と畠山先生は指摘します。もっとも、生物進化は世代を重ねなければ起きず、羽が生えるような変化が一、二世代で起こるのは難しいものです。一方で、文化進化はずっと速い——「高校の部活で『うちの伝統だから』と言われるものが、よく聞くと三年前にできたものだったりする」というたとえに、笑いが起きました。ならば、世代交代の速いバクテリアとの共生で補うほうが現実的かもしれません。もっとも、小説が放射線耐性を託したデイノコッカスという細菌を人の皮膚に入れても、耐性はそう簡単には上がらないそうです。その強さはDNAの修復力によるもので、放射線そのものを遮る仕組みではないからです。

後半は、現代アートの作家・渡辺志桜里さんが、身体とバイオアートの視点から物語を編み直していきました。渡辺さんはまず、帝王切開で我が子を産んだとき「このままでは自分の細菌が受け継がれない」と考え、どうにか自分の菌を子に渡そうとした経験を打ち明けます。微生物が親から子へ、身体から身体へと受け渡されていく——小説が描く、微生物と人体の共生という主題にそのまま重なる感覚を会場に持ち込みました。こうした関心は制作そのものにも通じ、普段は水耕栽培にバクテリアや魚を接続し、属性のバラバラな生き物が互いに生かし合う小さな生態系を展示する作品を手がけています。さらに、もともと彫刻を学んだ立場から、重力が変われば彫刻という営みそのものが根底から変わるだろうとも投げかけました。地球上で自明視されてきた条件が変われば、アートの営みも思いがけない形に広がっていくかもしれません。渡辺さんは物語を、身体の側から問い直していきました。

小説を朗読した高尾隆先生は、体の形が変わっていくのに他者を気づかい、火星の春を感じるような描写が印象に残ったと話します。人間として変わっていく部分と、その内側に残る地球的な感覚とが混ざり合っている——そんな感想を受けて、伊藤先生はこの変化を思春期の第二次性徴になぞらえました。自分の体が変わり、まわりのみんなも同じように変わっていくのが同期していて、そんなスイッチが生まれたときから入っていたかのような感覚とのアナロジーを示しました。そこから話題は、身体と環境が食い違うときに人はどう振る舞うか、火星人と地球人の境界はどこで引かれるのか、会うことも利害関係もない相手に倫理は及ぶのか、といった問いへと移っていきました。宇宙倫理学における「微生物倫理」、人類学が問うてきた「人間とは何か」、世代間倫理と“火星倫理”の類比。過去のイベントに参加していた地元の中学生が投げかけた「火星で微生物のせいで肌が赤くなり骨格が変わっても、地球の反対側の人だって肌も骨格も微生物も違う。その差は火星人と変わらないのに、どこで地球人と火星人を分けるのか」という問いも、その話の環に加わりました。

この小説がどんな発想から生まれたのかという問いに、伊藤先生は制作の骨格を明かしました。身体と環境が食い違うとき、人が取りうる道は3つあると考えたそうです。1つめは、身体に合わせて環境を変えること——テラフォーミングの発想で、地球的な価値観を守る「地球保守主義」の文明。2つめは逆に、身体を環境に合わせて変えていくことで、体の形が変われば価値観も変わり、いまの地球の目には非人道的に映る領域まであえて考えます。3つめは、環境と身体のあいだにバクテリアという翻訳者を介在させ、折り合いを託す共生の文明です。小説は第1部を地球保守主義に、第2部を身体の変容に重ね、3つめの共生を両方に潜ませているといいます。

小説を読み解き、書き直していくなかで特徴的だったのが、AIとの協働の扱い方です。SFプロトタイピングを専門とする宮本道人先生によれば、AIを使うことには1つの利点があります。人間が全責任を負って書き上げた作品には、まわりも意見を言いにくい。ところが「AIが書いた」と聞けば、参加者は遠慮なく疑い、遠慮なく叩けます。実際、制作の過程はGoogle Docs上に開かれ、多くのコメントが付き、各分野の知見をAIに読み込ませては人間が取捨選択して直していく——その往復そのものを作品と呼んでいます。伊藤先生も「小説はあくまでツールで、作品の完成が目的ではない。こうしてみんなで議論できることのほうが目的」と応じました。AIに代筆させて終えるのではなく、制作プロセスを開き、そこに人が感性や異論を持ち寄って一緒に編んでいく。きっと一年前には考えられなかったAIの進化を、代筆ではなく共同作業の相手として取り入れてみた試みだったとも言えます。

参加者の受け止めは、アンケートからもうかがえます。「日頃考えないテーマで興味深かった」「小説をツールに使うのは名案」「全ての人が参加できている感じがしました」といった声のほか、ある回答者は「生物学、身体、環境、宇宙、テクノロジー、倫理学、経営、ありとあらゆる角度からのディスカッションが有意義だった」と書いていました。一方で「文系的な雰囲気で話についていけない部分もあった」「ワークショップ形式の時間があってもよかった」という課題も上がっています。

ここから先は、科学技術コミュニケーションを研究する立場から、私自身の見方を少し添えておきます。この日、個人的に気になったのは、SF小説が「媒介(メディア)」として働いていた点です。生物学、アート、倫理学、人類学、政治経済と、本来なら交わりにくい専門知が、火星での営みという一つの虚構を手がかりに、同じテーブルにつきます。科学的知識を一方向に「伝達」するのではなく、それぞれが感覚や価値観を言葉にし、対話を通じて意味を編み直していく。科学技術コミュニケーションの研究が「意味づけと共有」と呼ぶ、こうした文化的な実践が、この場でも見られたように思います。アートを通じたサイエンスコミュニケーションのひとつのかたちとして、私にとっても学ぶところの多い時間でした。

AIについても同じことが言えるかもしれません。宮本先生が指摘したように、「AIが書いた」という一点が、参加者から遠慮を取り去り、批評や加筆の回路を開きます。ここでのAIは代筆者というより、人どうしの共創を促す触媒——もう一つのメディアに近い役割を担っていました。専門知と対話が交わり、人とAIの協働が創作の形を少し変えていく。そのどちらもが、正解を配るのではなく問いを共有することで進んでいました。火星という遠い舞台を借りて話し合っていたのは、生物や環境をめぐる科学の問いと、異なる者どうしがどう社会を編み直すのかという問いとが、分かちがたく絡み合う地点でした。

仲居玲美(社会・人間科学コースD3)